比叡山宗教サミットを振り返って
下記、朝日新聞の記事が、比叡山宗教サミットの雰囲気をよく伝えています。
■平和へ祈りささげ20年 比叡山宗教サミット(朝日新聞)
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200708040039.html
この記事においても、20年を節目とした課題がいくつか指摘されています。たとえば、次の問い。
「ヒロシマ」や「ナガサキ」に続き、この20年間で「ヒエイザン」からも世界に平和のメッセージを伝えられたのだろうか。
この問いに対する答えは、やはり「ノー」でしょう。ヒロシマ、ナガサキから発せられる、歴史的体験に裏付けられたメッセージのリアリティと比べるなら、ヒエイザンのそれはまだきわめて抽象的で、世界はおろか、国内的にもまだ広くは行き渡っていないと思います。
これは何も否定的な評価をしたいわけではなく、それくらいの現実認識を踏まえてこそ、今後の具体的な展望が開かれてくるだろうと考えるからです。
ヒロシマ、ナガサキの運動が、大衆運動としての側面を持っているのに対し、ヒエイザンのそれは、まだエリート主義的な壁を乗り越えられてはいないでしょう。
また、上の朝日新聞記事でも言及されていましたが、今回のサミットで「自然環境との和解」が初めて取り上げられました。かけ声は結構ですが、これも国内的には実体がともなっていません。宗教界の中に、本腰をいれた環境問題への取り組みは残念ながらまだ見受けられません。
自分たちがまだほとんど何も十分なことをしていないのに、世界に向けて「自然環境と和解」すべきだと語っても、十分な説得力があるとは言えないでしょう。
ちょっと辛口のコメントになりましたが、それは20周年を節目に、一皮むけた運動体へと脱皮していって欲しいという、大いなる期待の裏返しでもあります。
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コメント
小原さん
私は記事に目を通し、バチカンのフェリックス・マチャド諸宗教対話評議会次長が「政治家との協力は重要だが、宗教者の役割は心の変革。政治家は時には妥協もする。政治との和解には注意が必要だ」と指摘したことに、実を見るを思いがしました。
事実、宗教者らとて、近代国家の成立の過程を前提とすればこそ、彼らが国の政治家らへの苦言を呈することが一体どのような意味を持つのか、重々承知しているのでしょう。ですから、「宗教者の役割が心の変革」という事実から一歩踏み出した行動に出ることは、リスクを伴うことなのでしょう。
とはいえ、比叡山宗教サミットが20年の節目を迎えるまでになり、そのリスクを問うてばかりもいられないことを、宗教者らが共通認識として培って来ていることを、私は意識させられました。
宗教者らが宗教者であるだけに、エリート主義的な壁を乗り越える上では、大衆と政治家との距離を測ることが避けられないのでしょう。それを考えると、宗教者らとして結束する方向性が見えて来るわけですが、ユダヤ教代表のルネ・グーマンさんが言うように「他宗教を理解するには20年では短すぎる」のでしょう。
一般人である私としても、比叡山宗教サミットが一皮むけた運動体へと脱皮することが出来るのか、期待したいと思います。
投稿 大和 | 2007.08.07 16:13