学問

2007.12.27

コルモス研究会

 12月26~27日、京都国際ホテルで開催されたコルモス研究会(現代における宗教の役割研究会)に参加しました。毎年、この時期に行われ、伝統宗教や新宗教など幅広い層の宗教研究者や各教団の代表者が集まります。
 今年のテーマは「ファミリズムの再構築――宗教から家族を問い直す」。基調講演では、土屋 博氏(北大名誉教授)と落合恵美子氏(京大教授)が話しをしてくれました。
 落合先生は「家と先祖祭祀――歴史人口学の成果から」というテーマで話してくれたのですが、統計データに基づいた歴史人口学の見地から、宗教学の常識的な認識を小気味よく揺さぶってくれたので、非常におもしろかったです。

続きを読む "コルモス研究会"

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2007.09.24

History of Religion

 「宗教の歴史」が、90秒ほどでわかるページを紹介します。

■ History of Religion
http://www.mapsofwar.com/

 通常の歴史年表と異なり、動的に、宗教の拡大を把握できるのがミソ。なかなか、よくできています。ただし!(ここからが重要)
 言うまでもないことかもしれませんが、あくまでも「粗い色分け」だということを忘れないように。
 実際には、ほとんどどの国においても、様々な宗教が入り交じっており、たとえばキリスト教だけの地域なんて地球上に存在しません。キリスト教一色に塗られているヨーロッパでは、ムスリムが多数住んでいますし、同じ事は、アメリカやアジアについても言えます。
 比較的単純に色分け、つまり、宗教の棲み分けがなされていたのは、せいぜい19世紀くらいまでです。その後、宗教の多元化が各地域で進んでおり、それが現代社会の問題にもなっていることを考えながら、上に紹介したページをご覧いただきたいと思います。

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2007.09.23

こんな顔で発表していたそうな

070923  日本基督教学会での私の発表を至近距離で聞いてくださっていた大学院生のbashi さんから、右の写真をいただきました。質疑応答の最中の顔だと思います。
 漫才でもしているかのような、緊張感のない顔ですね。(^_^;)
 しかし、自分で自分の写真は撮れませんので、bashi さんのご親切に感謝です。

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2007.09.21

日本基督教学会(第二日目)

 今日は日本基督教学会 学術大会の2日目で、午前中に研究発表を行いました。
 「近代日本における「宗教間対話」――宗教概念の形成と政教分離を中心に」というタイトルで発表しました。直前に短時間で仕上げたので、少々あらい部分もあったかもしれませんが、無事、発表を終えることができました。
 私が指導する大学院生たちも、無事発表を終えて、ほっと一安心です。なかなか、よくやってくれたと、心密かに満足しています。

 午前の研究発表終了後、関学の神田先生と京大時計台下のレストランで昼食をとりました。昔の京大からは想像もできないほどに、おしゃれな感じのレストランだったので、記念にと1500円のお昼のコース料理を頼みました。
 お味の方は・・・ まあまあ、でした。同志社びいきに聞こえるかもしれませんが、同志社寒梅館のSecond House Will の方が、質・量ともに少し勝っているかな、と思いました。
 それにしても、京大でコース料理が食べられるなんて、隔世の感があります。

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2007.09.20

日本基督教学会 (第一日目)

 今日は京大で行われた日本基督教学会 第55回学術大会に参加してきました。午前中の司会も当たっていたので、居眠りしないよう、前日はいつもより早めに寝ました。しかし、司会をしている最中、私の隣に座っていたタイムキーパーの学生さんは爆睡状態。ベルを鳴らす時間も忘れ熟睡していたので、私がベルを押しましたが、何となくおかしくて、笑いをこらえるのが大変でした。
 朝一番から、私の指導している大学院生たちが発表にあたっていたので、もれなく会場を巡回し、発表を見守りました。かなり発表に慣れてきているので、最近は、見ていても比較的安心できるようになりました。質疑応答も無難にこなすと、ほっと一安心です。
 明日は、指導する大学院生たちの発表も少し残っていますが、私自身の発表もあります。恥をかかない程度にがんばりたいと思います。

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2007.03.31

宗教多元主義モデル批判

 小原克博 On-Lineに、先日の日本基督教学会近畿支部会での発表レジュメを掲載しました。当日配布のプログラムに記載されたA4で1枚のレジュメなので、スペース的に参考文献などを載せることができませんでした。
 現段階では萌芽的なアイディアを大雑把にまとめたに過ぎませんが、いずれ、この発表内容をもとにしてきちんとした論文を著したいと考えています。

「宗教多元主義モデルに対する批判的考察――「排他主義」「包括主義」の再考を通じて」

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2007.03.30

日本基督教学会 近畿支部会

 3月29日、日本基督教学会 近畿支部会が神戸女学院で開催されました。プログラムについては下記ページをご覧ください。

http://www.d-theo.jp/kinki/

 発表者の多数が同志社関係者でした。私が指導している大学院生も4名発表しましたので、朝一番から出かけていきました。
 私もついでに発表しました。後日、レジュメをアップしたいと思います。原稿なしで発表したので、結果的に、かなりの早口になってしまいました。(^_^;)

 大学院生の方々には、引き続き、どんどん積極的に研究発表していただきたいと願っています。
 私が指導している学生には、半強制的に義務づけていますので、毎回大変だと思いますが、その大変さの中からリズムを作り出し、研究することの苦労と喜びを見出して欲しいと願っています。
 私もただ命令するだけでは示しが付きませんので、今回、がんばって発表した次第です。連帯責任ですね。

 学会終了後、会議が続き、その後、ちょっと一杯ひっかけて、帰宅したのは深夜12時を回っていました。つかれた~

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2007.03.11

京大イスラーム地域研究センター主催の国際ワークショップ

070310 3月10日、京大イスラーム地域研究センター主催の国際ワークショップに参加しました。
 基調講演者が Tamimi氏であったのが理由としては大きかったのですが、3ヶ月前にできたばかりという京大イスラーム地域研究センターの最初の国際ワークショップとあって、その様子をうかがいに行った次第です。
 国際ワークショップのプログラム等については、下に記しておきます。

 Tamimi氏は主として、ハマスについての話をされました。ハマスの影響力・存在感は地域を越えて、広くムスリムに及んでいることが、よくわかりました。
 政治的な闘争運動を、かつては政治的左翼集団(PLOなどもその一つ)が担っていたのですが、近年はファタハのような世俗的集団であってもイスラーム化が進んでいるとの説明が印象的でした。
 世俗化に抗するかのように、宗教的な要素が中東において大きな役割を占めてきているということです。当たり前のようですが、長いスパンで見ると、大きく変化してきていることがわかります。
 パレスチナ問題を分析しようと思えば、その宗教的次元を抜きには考えられないということです。

<国際ワークショップ>「パレスチナ問題とイスラーム世界の連帯」

「イスラーム世界における国際組織の基礎的研究」のための国際研究会として、中東地域のみならず国際関係において大きな焦点となり続けてきたパレスチナ問題について、総合的なワークショップを開催いたします。本ワークショップでは、パレスチナ現地におけるハマースの形成と発展、ムスリム同胞団を中心とするイスラーム国際連帯の流れなどを実証的に検討するとともに、イスラーム地域研究における研究視座についても提起、討論を行ないます。

日時:3月10日(土) 14:00~18:00
場所:京都大学中央総合研究棟 工学部4号館4階AA401(第1講義室)
第一部 基調講演: Dr. Azzam Tamimi(イスラーム政治思想研究所・所長)
    タイトル:「パレスチナ問題・イスラーム連帯・ムスリム同胞団」
第二部  パネルディスカッション
報告1:小杉 泰
タイトル:「イスラーム連帯の焦点としてのパレスチナ問題:その眺望と
           研究課題」
報告2:臼杵 陽(日本女子大学・教授)
タイトル「日本におけるパレスチナ研究:イスラーム地域研究の観点から」
報告3:飛奈裕美(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)
タイトル「東エルサレムにおける非暴力的抵抗」
コメンテーター: Dr. Azzam Tamimi
総合司会:末近 浩太(立命館大学国際関係学部・助教授)

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2007.03.03

シンポジウム「地域研究の最前線」

070303_2  3月2日、日本学術会議地域研究委員会等が主催するシンポジウム「地域研究の最前線-知の創成-」に参加しました。場所は、東京・乃木坂の日本学術会議講堂。けっこう立派なホールでした。
 プログラムの詳細は下記ページをご覧ください。
http://www.scj.go.jp/ja/event/pdf/32-s-1-2.pdf

 簡単に言ってしまえば、地域研究に関わっているCOE拠点の発表会のようなものです。
070303_3  7つの拠点からの報告があり、CISMORもその一つとして、森先生が発表を行いました。
 COEとはいえ、大学間格差があることを如実に感じさせられました。京大はさすがによくやっています。質量とも一歩先を行っているという感じで、何かと参考になりました。
 COEの拠点同士が交流する機会は意外と少ないので、その意味では、今回の企画は意味があったと思います。

このシンポジウムの合間の休憩時間に会場の外では、各070303_1 拠点のポスターセッションが行われ、私はそれを担当しました。 ポスターセッションというとかっこよく聞こえますが、早い話、出店のようなものです。

 我々は段ボール箱一個分の資料を並べただけでしたが、他の大学は本格的なポスターを貼って、気合い十分でした。すごい・・・

 CISMORのコーナーでは、既刊の関係資料をずらりと並べ、欲しい人には要望を聞いて、後日、送り届けるシステムをとりました。予想していた以上に多くの人が関心を示してくださり、ほっとした次第です。

 自宅に到着したのは、深夜12時頃。いつもながら、東京日帰りは疲れます・・・

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2007.02.25

京都仏教会の研究会

 今日は、相国寺で行われた京都仏教会の研究会に参加しました。
 今回は、平野武教授(龍谷大学法学部)による「国家の憲法と宗教団体の憲法――本願寺派寺宝・宗制・宗法を素材に」という発表でした。
 本願寺の法的制度の戦前・戦後の変化は興味深く、時代に対応した、仏教の中ではかなり先進的なものであったように思います。
 しかし、そのような本願寺も、他の仏教教団同様、戦時下には積極的に戦争協力へと傾斜していったことが語られ、昭和のファシズムにあらがうことがいかに難しかったかを再認識させられました。
 法主(現在の門主)が明治神宮・靖国神社に参拝し(1936年)、本願寺の伝統であった「神祗不拝」(神を拝まない)の原則を放棄したり、戦時教学のもと『教行信証』の不読箇所を決定したり、と時代のうねりの中で、信心の根本的な部分までもが変更を余儀なくされたことを学ぶことができました。
 時代に迎合した、と言ってしまえばそれまでですが、宗教と国家の関係を考える、様々な素材が歴史の中に山積していることを痛感させられました。

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2007.01.03

動物は天国に行くことができるか?

 小原克博 On-Line に「動物は「天国」に行くことができるか?― 動物の死生学」(「現代における宗教の役割研究会」第53回研究会、パネルディスカッション「祈りと供養」)を追加しました。
 これは昨年12月26~27日に行われた研究会(通常、コルモス研究会と呼ばれています)の二日目に話した際のレジュメです。
 全体のテーマが「祈りと供養」ということで、主催者側との話の中で、私は「人間」ではなく「動物」の供養や動物観の変遷などについて話しました。
 仏教では、「一切衆生悉有(しつう)仏性」「草木国土悉皆(しっかい)成仏」などの言葉に代表されるように、すべてのものには等しく「仏性」が宿っていることを説き、そこからキリスト教の人間中心主義を批判することもあります。しかし、私が言いたかったことの一つは、事態はそれほど単純ではない、ということでした。
 キリスト教を含む西洋思想史には、人間を自然界の支配者とするような考え方ももちろん強くありますが、それ以外の動物観・生命観も存在しています。近年では、「動物の神学」に代表されるように、動物の位置づけを根本的に見直そうとする試みや、また、動物礼拝や動物の葬儀もかなり真剣になされつつあります。
 先に触れたように、仏教思想の中に、動物を含め、すべてのものに仏性を見るという点で、アニミズムに近接する要素があります。
 私は全体討議の中で、仏教の自然観とアニミズムとを一緒にしてしまってよいのか、という質問を投げかけましたが、明快な返答は得られませんでした。
 仏性を含んでいるという点で、すべての生命に根本的違いはないはずです。しかし、実際には、人間社会における差別を見過ごしたり(容認したり)、人間の命を奪うことになる戦争を肯定した歴史があるとすれば、アニミズム的自然観をもって、単純に人間中心主義への批判的回答とすることはできないはずです。

 この研究会は、35年もの歴史をもち、西本願寺が中心的役割を担っているようですが、仏教だけでなく神道や新宗教も含んだユニークなものです。各教団の代表者や、えら~い宗教研究者が一堂に会しているので、そのお姿を拝見するだけでも価値があると言えます。
 西本願寺のご門主、大谷光真氏は古くからのメンバーの一人ですが、今回、ご門主とも親しく会話を交わすことができました。なかなか、普段は、こういうわけにはいきません。
 仏教、神道、新宗教の方々と議論しながら、そのものの見方に触れることができるという意味で、コルモス研究会は刺激的な経験でした。

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2006.12.03

福音派の多様性

 昨日の続きですが、私が今関心を寄せていることの一つは福音派の多様性です。
 リベラル派からは、しばしば一枚岩のように描かれがちな福音派ですが、実際には神学的にも政治的にも幅があり、それは今日いっそう流動化しているように思います。
 たとえば、昨日の会田さんのデータによれば、中間選挙で福音派の7割が共和党に、3割が民主党に票を投じています。これは、2年前の大統領選挙と比べ、民主党に票が流れていることも示しています。
 福音派=共和党支持者という図式は、間違っているということが、この数字からもわかるでしょう。
 福音派の中で民主党よりのリベラルな政治スタンスをリードしているのが、Jim Wallisらです。彼らは liberal Evangelical と呼ばれています。
 こうして見ると、同じ福音派の中でも、共和党支持者の核には「宗教右派」(キリスト教原理主義者)が牽引力となっており、民主党支持者の核には「リベラル福音派」が牽引力となっている構図を大きく見ることができます。

 変化は、福音派の内部だけにとどまりません。今回の中間選挙に対する影響力ははっきりしませんが、世俗主義者と言われてきた民主党が、大統領選挙以降、急速に宗教対策(特に福音派への接近)を強化してきたことは、よく知られています。God Gapを埋めろ!という運動方針です。
 たとえば、中間選挙前に、民主党のホープ、オバマ氏が福音派の集会で講演をしています。
 また、次のサイトを見ると、民主党の取り組みの一端を見ることができます。その名もズバリ、Faithful Democrats(信仰的な民主党員)!
http://faithfuldemocrats.com/

 今後、揺り返しも含めて、事態の変化から目を離せません。しかし、福音派に対する客観的な研究は日本では皆無に等しいです。このあたり、何とかならないかな~と思っているのですが・・・

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2006.09.22

聖イグナチオ教会

060922a  私が指導している学生たちの日本基督教学会での発表も無事終わり、少し気が楽になりました。
 二日目の早朝は、私の関心に合う研究発表がなかったので、会場には行かず、上智大学に隣接する聖イグナチオ教会で1時間ほど、ぼ~~~っと座っていました。
 右の写真の左側が教会で、奥の建物には「上智大学」の名前が見えます。

 教会の外見は大したことはないのですが、円形の内部構造はユニークで(特に天上の形状が斬新!)、しかも、非常に落ち着く雰囲気がありました。
060922b_1  座っている間、何人もの人がお祈りのために出入りしていました。このあたり、扉を閉め切っていることの多いプロテスタントとは異なります。
 お祈りに来ている人の国籍もいろいろでした。
 私が座っていたとき、ちょうどうパイプオルガンの調律をしており、単調な音合わせの合間に旋律のある音色を聴くこともできました。かなり大きなパイプオルガンなので、音の迫力もすばらしかったです。
 教会のすぐ横は大きな車道なのですが、外の喧噪は内部には聞こえません。四谷駅のすぐ前ですが、都会のただ中に、このような静寂な場所があるのは不思議な感じがすらしました。

Church_1  右の写真は、3枚を合成したパノラマ写真です。

■聖イグナチオ教会

http://www.ignatius.gr.jp/

 

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2006.09.20

明日から上智大学へ

 9月21~22日、上智大学を会場として、日本基督教学会の全国学術大会が開催されます。
 私は今回、研究発表はしないのですが、指導している大学院学生が発表するため、初日から、まじめに参加します。
 彼らの発表時間が遅ければ、ゆっくり出かけられるな~と思っていたのですが、何と10時からの先頭バッターになっていました。上智大学に10時までに到着するためには、私は最寄り駅を6時過ぎに出発しなければなりません。(T.T)
 発表する大学院生の一人は、同性愛の問題を扱うのですが、一部、カトリック批判を含んでいます。カトリックの牙城・上智大学でカトリック批判をすることに、少し緊張している様子でしたが、気にせずガンガンやれ、と言っておきました。内容はしっかりしているので火だるまになることはないでしょう(楽観モード)。
 1年に1回、この学会でしか会えない人もたくさんいます。その意味では、楽しみな機会でもあります。

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2006.07.19

科研費による研究

 小原克博 On-Line に「科研費による研究」のページを追加しました。
 今年度、「科学研究費補助金」に採択された研究の概要を掲載しています。

 私は同志社の「21世紀COEプログラム」にどっぷり関わっていますから、これ以上にややこしい研究経費は引き受けたくない、というのが本音ですが、大学としては「科研費」の採択件数が、大学の研究力をはかる指標になりますから、何かとプッシュしてきます。
 前回の科研費からは2年明けての採択ですが、今回の研究概要を上記ページに記しておきました。
 正直言って、今は集中して研究に取り組む余力がありませんが、ぼちぼちと課題に取り組んでいきたいと思います。そのプロセスの一部は、ここでも随時紹介していきたいと考えています。

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2006.03.17

遠藤周作と鈴木大拙

 先日の山折先生の基調講演で、遠藤周作と鈴木大拙に触れられていたので、それに関連して。
 山折先生は遠藤の『沈黙』『深い河』を取り上げていましたが、確かによく知られた順に遠藤の代表作をあげるなら、この二作がトップに来るのではないかと思います。
 『沈黙』と『深い河』は書かれた時期も、また背景になっているモチーフも異なりますので、簡単にあわせて論じることはできませんが、神の「母性」など共通するテーマはあると言えるでしょう。

 神学的には、神理解のユニークさに加えて、キリスト教の土着化宗教多元主義キリスト教宣教のあり方など、いろいろな課題をそれらの作品の中に見ることができます。しかし、遠藤はあくまでも問題提起をしているのであり、答えらしきものを示しているわけではありません。しかし、これらの著作を読んで、未完の問いに向き合う、というチャンスを与えられるわけですから、やはり読む価値のある作品だと思います。

 西洋的なキリスト教がそのままでは日本人にはどうもしっくりとこない、と感じ続けた遠藤の「違和感」をきちんと受け止めることは、今日も大切なことのはずです。不感症では宗教的精神の深みに達することはとうていできませんから。

 ところで、鈴木大拙の代表的著作は『日本的霊性』。これは日本的な精神の原型・古層を探ろうとした労作であり、遠藤の関心の射程と触れ合う部分があります。

 山折先生の指摘の一つは、遠藤にしろ鈴木にしろ、海外でよく知られている割には、日本人がきちんと研究をしていない、ということです。これは当たっているかもしれません。しかし本来的な課題は、これらの紹介ではなく、彼らが追求した問いを現代においてどう解釈し、それに応答するのか、ということでしょうし、その部分がなければ、国内的な議論の枠を越えることはできないと思います。

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2005.11.27

ヨーロッパにおけるムスリム・コミュニティ

051127 今日は、 国立民族学博物館で開催された国際ワークショップ「ヨーロッパにおけるムスリム・コミュニティ」に参加してきました。
  国立民族学博物館は、万博記念講演の中にあるのですが、訪れたのはかなり久しぶりでした。なつかしい太陽の塔は、昔と変わりません。
 1970年に開催された大阪万博に行った記憶が残っているのですが、やはりその当時も(5歳の頃)太陽の塔の圧倒的な存在感を感じました。

 今回の国際ワークショップには、イギリスおよびフランスから専門家が参加し、まさに旬の貴重な話を聞くことができました。ロンドンにおけるテロ、フランスの暴動などは、ヨーロッパの多文化主義や同化政策を根底から揺るがす事件となりました。
 お二人ともムスリムの扱いについては慎重でしたが、第3世代になるとそれなりに「西洋化」されており、ムスリム・アイデンティティはあまり重要な役割を果たしていないとのことでした。むしろ、差別、失業率の高さなどの問題に目を向けるべきであると。
 しかし、かつてなら人種差別とされていたことが、なぜ今日「イスラム」が引き合いに出されるのか、ここには考えるべき大きな課題が横たわっていると思います。

 ともかく、情報としては非常に多くのものを得ることができました。来年度のCISMORの地域研究テーマはヨーロッパなので、その点でも、大いに参考になりました。

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2005.09.28

多神教と一神教

 先日、Yokoさんがコメントで紹介してくださっていた岩波新書の新刊『多神教と一神教――古代地中海世界の宗教ドラマ』を購入し、読み始めています。
 メソポタミアも含む古代地中海世界を舞台として、様々な神話にあらわされてきた神々の物語を生き生きと描写しています。古代神話になじみのない人は、次々出てくる神々の名前やエピソードに面食らうかもしれませんが、そこがおもしろい点でもあります。
 読み始めたばかりなので、まだこの程度のことしか言えませんが、多神教世界に現れてきた一神教のことについても言及されていくようです。
 著者は冒頭近くで次のように強調していました。
多神教と一神教の世界は必ずしも単なる二者択一的なものではない。このことは本書を通じて覚えておいてほしい。」
 古代地中海世界においては、というコンテキストを意識しておく必要はありますが、興味を引くポイントの一つです。

 さて、たまたまこれに関連するようなタイトルの論文を小原克博 On-Line に掲載しておきました。「一神教と多神教をめぐるディスコースとリアルポリティーク」(『宗教研究』第345号)です。
 これは3月にIAHR国際大会で発表した内容をブラッシュアップしたものです。一神教と多神教をめぐる言説の分析や、一神教と多神教の相互関係について論じています。難解であるとは思いませんが、かなり「ひねり」を効かせている箇所もありますので、気楽な読み物というわけにはいきません。しかし、現時点でわたしが言いたいことの多くを盛り込んでいますので、関心のある方は、がんばって読んでみてください。
 上述の本とは異なる視点からですが、「多神教と一神教が二者択一的なものではない」ことも論じています。

■小原克博「一神教と多神教をめぐるディスコースとリアルポリティーク」

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2005.09.24

日本基督教学会

050924 9月23~24日、関西学院大学で日本基督教学会の学術大会が開催されました。24日は、同志社の大学院入試であったので、わたしが参加できたのは初日だけでした。
 午前中の研究発表の司会が当たっていたので、(普段に比べると)猛烈に早起きして出かけました。関学はわたしの自宅からは2時間ほどかかるので、7時前には家を出ました。
 わたしは「使いやすい人間」リストに入っているのか、ほぼ毎回と言ってよいほど司会が当たります。(^_^;)

 研究発表は中にはレベルも高くおもしろいものもあるのですが、司会をやっていると、聞きたくないものにまで付き合わなければならないのがつらいところです。

 午後はベルン大学名誉教授のウルリッヒ・ルツ氏による「キリスト論的一神教――初期キリスト教における平和の創出と潜在的攻撃性」という講演がありました。上の写真は、その一こまです。左で通訳しているのは関学の辻先生。2時間にわたる通訳を滞りなくこなし、ご立派としかいいようがありません。

 ルツ教授はマタイ福音書の研究者として有名な聖書学者ですが、講演の内容も、きわめて聖書学的でした。網羅的に聖書箇所をとりあげ、イエスの宣教や唯一神教の特徴を論じているのですが、もっと論争的なポイントに絞って、掘り下げていった方がおもしろかったのではないかと感じました。

 講演が少し予定の時間を超過し、質疑応答の時間はあまりなかったのですが、古屋先生(聖学院大学)が質問をしていました。かなりツッコミを入れたくなる質問でした。
 「"キリスト論的"一神教ではなく"三位一体論的"一神教の方が有効ではないか?」(わたしの心の叫び:聖書学者が「三位一体論」を中心に論ずるはずがないでしょ~)
 「リチャード・ニーバーのRadical Monotheism (徹底的唯一神主義)とHenotheism(拝一神教)の違いをどう考えるか」(わたしの心の叫び:講演内容に即した質問をしてくれ~)

 ただし、結果としておもしろい回答を引き出した質問が一つありました。「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25:40)という章句があるのだから、イエスの宣教は攻撃を誘引するのとは違う要素もあったのではないか。
 これに対する答えはおもしろかったです。この章句で、弱者一般に対して配慮を示そうとする考えは、啓蒙主義的な解釈であって、それはそれでよいのだが、マタイ自身は「この最も小さい者」によってイエスの弟子のことしか考えていないのだ、というのです。

 あれこれ手を広げずに、こういう論争的な点をいくつか取り上げて、解釈を深めるとおもしろかったのでは、というのがわたしの感想です。

 講演の中では、ヨハネ黙示録が攻撃を誘引しやすい例示として何度も引き合いに出されていました。
 マタイ福音書で描かれているイエス(特に、審判の告知者としてのイエス)が、ヨハネ黙示録を読んだとしたら、喜んだだろうか、悲しんだだろうか、という、あまり聖書学的とはいえない疑問がわたしの頭を何度もよぎりました。

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2005.09.18

宗教間対話に関する書評

 小原克博 On-Line に書評「西谷幸介著『宗教間対話と原理主義の克服――宗際倫理的討論のために』」(『日本の神学』第44号)を掲載しました。
 前半はまさに書評なのですが、後半は「本書によって触発される課題」という章で、かなり持論を展開しています。この部分だけ読んでいただいても、おもしろいかと思います。

書評「西谷幸介著『宗教間対話と原理主義の克服』」

 なお、京都・宗教系大学院連合のサイトに評議員一覧を追加しました。あれこれ探して、一応、全員の名前から自己紹介あるいは自分のウェブサイトにジャンプできるようリンクを張りました。

■京都・宗教系大学院連合
http://www.kgurs.jp/

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2005.08.09

進化論論争

 YokoさんのTIME誌の"Evolution Wars"記事紹介に触発されて、「世界キリスト教情報」から関連の記事を下に紹介しておきたいと思います。 
 ちなみに、先々週のTIME誌のカバーストーリーは"HIROSHIMA"で、なかなか読み応えがありました。エノラ・ゲイの搭乗員へのインタビュー、被爆者へのインタビュー、いずれも当時の状況を彷彿とさせるリアリティがありました。

 「創世記」の記者は、当時の科学的知見を一部用いて、創造物語を記しており、近代科学において進化説が追求した方向と大きく異なるわけではありません。世界の秩序を説明したい、という欲求はいつの時代も存在しています。
 結局は、神を前提にするか、神なしに説明するかの違いに帰着するのであって、進化論論争は、そうした古典的問いの代理戦争を担わされていると言えるでしょう。

 今日から、三日間、西日本献身キャンプ(神学部入学を希望している高校生や他大学生のためのキャンプ)に講師として参加するため、同志社びわこリトリートセンターに出かけます。ここはインターネット接続環境がまったくないので(部屋から外部に電話すらできない!)、BLOGの更新は、帰ってきてからになります。

◎公立学校の授業で進化論以外も示すべきだ、と米大統領

 【CJC=東京】ジョージ・ブッシュ米大統領が、公立学校の授業で進化論以外の考えも示すべきだと発言、波紋を広げている。進化論に反対するキリスト教右派の主張に同意した、と受け取られたからだ。
 大統領は8月1日、テキサス州内各紙とのインタビューで、聖書を厳格に解釈するキリスト教右派が熱心に説いている「インテリジェント・デザイン(ID)」に関する見解を聞かれた際に明らかにした。
 人間の複雑な構造は進化論だけでは説明できず、「高度な理知」の手が入ることにより初めて完成するというのがIDの骨格。一部の学者は支持しているが、「創造説」を補完する形で提唱されることが多いので「科学の衣をまとった信仰ではないか」と批判されている。
 大統領は、テキサス州知事時代を振り返って、「私は、両方が適切に教えられるべきだと感じていた」と、語った。
 『ヒューストン・クロニクル』紙によると、大統領は、学校のカリキュラムは連邦政府が決めることではないと述べた。大統領は1999年の大統領選の際にも、「世界の始まりに関して、生徒たちは異なった考えに触れるべきだ」と述べていたが、自身がどの説を支持するのかは明らかにしていなかった。
 キリスト教右派は「インテリジェント・デザイン説に大統領のお墨付きをもらった」と歓迎の姿勢だ。
 南部バプテスト会議倫理と宗教の自由委員会のリチャード・ランド委員長は、「それは私たちが推進して来たものだ」として、大統領の姿勢に満足していると『ニューヨーク・タイムズ』紙に語った。同氏は、進化論が「事実としてあまりにも教えられ過ぎる」として、「進化論としてダーウィン説を教えるなら、それを理論として教えるべきであり、科学者の中に多くの支持がある別の理論を教えるべきなのだ」と言う。
 一方、全米政教分離連合などの公民権団体が「大統領としてあまりにも無責任な発言」と強く非難の声を上げている。
 『国立科学教育センター』のスーザン・シュペート氏は、「双方」を教えるべきだというブッシュ大統領の指摘は問題、だと指摘する。「一見、正しいようだが、特殊創造説は特定の宗教的観点であり、知的創造説も特定の宗教的観点なのだ。それを進化に関する別の議論と呼ぶことは、ある宗教的観点に特権を与えることになり公正でない」と言う。

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2005.05.16

日本OCW連絡会

 日本オープンコースウェア連絡会というのが5月13日に発足し、大阪大学、京都大学、慶應義塾大学、東京工業大学、東京大学、早稲田大学の6大学が加盟しています。
 ショックだったのは、こういう動きがあることが、どこからも伝わってこなかったこと。いや~、まさに寝耳に水の出来事でした。こっそり、やってたんですね~。

 こういうのに、これからどう関わっていこうかと、目下、思案中です。もちろん、大学間での協定となると、わたし一人が悩んだところで何にもなりませんが・・・

 一つ、驚くべき事実を発見。Googleで「オープンコース」で検索してみてください。ご立派な上記、日本OCW連絡会がヒットすると思いきや、トップに出てきたのは、何と「神学部オープンコース」! 落涙ものですね。ちょっと信じがたいですが、なぜか今のところ、そうなっています。

■日本OCW連絡会
http://www.jocw.jp/

■神学部オープンコース
http://theology.doshisha.ac.jp/opencourse/index.html

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2005.04.12

京都大学コンソーシアム科目「宗教と倫理」

 4月12日夕方から、キャンパスプラザ京都で「宗教と倫理」の初回の授業に参加しました。今年度から、同志社女子大学が設置大学になってくれます。
 わたしが、このクラスを新設してから、今年で5年目になります。「コーディネート科目」というチェーンレクチャー形式の授業なのですが、それぞれの宗教のトップクラスの人が講義をするので、かなり聞き応えがあると思います。
 若い学生さんから(単位互換生)、年配の方々(シティカレッジ生)まで、年齢の幅が広いのも、この科目の特徴であるといえます。
 毎年感じることなのですが、今年は、特に履修者の真剣な眼差しに驚かされました。コンソーシアム科目を履修するためには「志望理由書」を書いたりするなど面倒な手続きが多いのですが、そのような労を惜しまずに来てくださっている方々ですから、当然と言えるかもしれません。しかし、これほどモチベーションの高いクラスは、なかなか見かけられるものではありません。そういう期待に応えていきたいと思います。
 この科目は京都らしい特色あるクラスでもあるので、できれば大学コンソーシアム京都の「長寿番組」にしたいと思っています。「ドラえもんを越える!」が、わたしの夢です。(^_^;)

 今年から、このクラスに付随するもう一つの特記事項は、授業をインターネットでストリーミング配信すること。これは残念ながら、受講生しか見ることができませんが、同志社女子大学の積極的な姿勢には賛辞を送りたいと思います。

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2005.04.09

「欧州新時代におけるイスラームとの対話」

 今日は、一仕事終えた後、わずかの時間を利用して、東山かいわいの桜の撮影を試みました。明日から雨が降るせいか、今日は花見の観光客であふれていました。正月並の人だかりでした。桜はまだ八分咲きのものが多かったように思いますが、これから雨の日が続くと、どうなることやら。
 いずれにせよ、今回撮影した桜と京都の風景は、後日、整理して披露したいと思っています。

 小原克博 On-Line に昨年の講演の記録「欧州新時代におけるイスラームとの対話――ドイツから何を学ぶか」(『基督教研究』第66巻第2号)を掲載しました。関心のある方はご覧になってください。

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2005.03.29

IAHR(続き)

 29日の午前のセッションは、"Critical Reappraisal of Religious Pluralism and of the Presence of Islam in the United States"というパネルに参加しました。
 7~800万人いると言われているアメリカ人ムスリムの状況や愛国法(patriot act)の影響などについて知ることができました。愛国法は、とりわけムスリムの人たちに対する監視の目が強くなったというネガティブな評価をよく耳にしてきたのですが、今回のパネルでは、そのポジティブな影響について聞くことができました。それはアメリカ人ムスリムが愛国的になったというのではなく、これまで、それぞれのナショナリティごとに集団化していたムスリムが、9・11以降は、ナショナリティの境界を越えて一体となっていったというのです。9・11のような大きな危機がなければ、確かに、こうした変化は起こらなかったかもしれません。
 アメリカに限らず、ヨーロッパや他の国々でも、移民はナショナリティを中心に集団を形成していき、通常は、そうした集団間にはあまり交流がありません。その意味では、愛国法による危機意識が、従来の垣根を越えさせたわけですから、ポジティブな影響と言ってよいのかもしれません。ちょっと不思議な気がしましたが、当のムスリムの人がそう言っているのですから、一般的にもそういう印象が見られるのでしょう。

 午後は、"Scriptual Interpretation and Politics"というパネルの司会をしました。これは4名のパネリストがそれぞれかなり異なる角度から発表をされたのですが、専門性が高いものが多く、わたしには理解できない点も多々ありました。
 コメンテーターは、国立民族博物館の臼杵陽先生。中東地域研究の第一人者です。臼杵先生は、事前にコメントをまとめられており、難解な発表に的確なコメントを返されており、さすがだな、と感心させられました。
 最後にフロアーからの質問を受け付けたのですが、質問者はハーバード大学神学部のP・マシーニスト先生でした。これまた、さすが!の質問でした。ちなみに、マシーニスト先生の講演会が31日に同志社であります。
 英語での司会は慣れておらず、最初は少しだけ緊張していたのですが、まあ何とかなりました。何事も経験ですね。

050330 夜はバンケット(晩餐会)がありました。かなり大きな部屋で行われたのですが、かなりの混雑状況でした。それもそのはず、1000人ほどの参加者があったようです。しかし、おかげでたくさんの旧知の人と再会することができました。
 右の写真は、バンケットで行われていたパフォーマンスの一つ、和太鼓です。そのほか、獅子舞みたいな日本の伝統芸能がいろいろ披露されていました。みなさん、話に夢中で誰も見ていないような気もしましたが・・・(^_^;)
 あと食事があっという間になくなっていくのも、国際会議ならではです。普通、日本のパーティなどでは、いくぶん料理があまるものですが、どんどんなくなっていき、わたしは会話に夢中になって油断していたため、最後の楽しみにしていたケーキなどのデザート類を取りに行ったとき、一つも残っていませんでした。絶句いたしました。(T_T)

 IAHRには非常にたくさんの人たちが各国から集まり、交流を深めることができ、全体として、とてもよい学術交流の機会であったと思います。

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IAHRで発表

050329 月曜日、予定していたIAHRのパネルを無事終えることができました。
 IAHRでは20以上のパネルが平行して行われるので、通常のパネルは15~30名ほどの来場者なのですが、わたしたちのパネルには60~70名ほどの人が来てくださりました。
 収容人数240人の大部屋だったのですが、何とか格好がつきました。
 京都から、CISMORの報告書やパンフ類を送っており、会場に並べていたのですが、あっという間になくなりました。

 司会のZikmund先生がCISMORの宣伝をうまくしてくださり、また最後には、実にうまく全体をまとめてくれました。Zikmund先生は、これを最後に、4年間の日本での生活を終えて、明日、アメリカに帰国されます。

 森先生、わたし、中田先生の順で発表し、天理大学の澤井義次先生、4月から東京外大に移られる大塚和夫先生(あの東京都立大学で疲れ果ててしまわれたそうです)にコメンテーターを務めてもらいました。

 フロアーとの質疑応答も、何とかこなすことができ、全体としては大成功であったと思います。ほっと一息入れることができました。

 発表の内容は、質疑応答などをテープ起こしした上で、何らかの形でパブリッシュしたいと考えています。

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2005.03.26

コーヒーの値段

050326 IAHRに参加し、依頼されていたパネル"Family, Church or School: Where Lies the Heir of Jajpanese Christianity?"でコメンテーターを務めてきました。
 写真は、夕方に、パネル関係者と共に食事をした後に撮ったものです。前列にいるのが発表した若手研究者の方々です。後列は左から、司会のヘイスティング先生(東京神学大学)、もう一人のコメンテーターの柴田先生(ルーテル学院大学・名誉教授)、わたし、そして、ブラジルから東北大学に国費留学生として来ているオリオンさんです。
 パネルには、顔なじみの人たちも何人か来てくださっており、「おー、久しぶり」とか、「忙しいの?」とか、会話を交わしました。上智大学のマーク・マリンズ先生にも久しぶりに会いましたが、学内業務が忙しく、研究の時間が取れないと嘆いており、「そうそう、そうですよね~」と納得し合っていました。(^_^;)
 関西学院大学のクリスチャン・ヘアマンセン氏とも、久しぶりに会い、一緒に食事をしました。

 午後のパネルは、キリスト教とイスラーム関係のものがあったので、そこに参加したのですが、そこで、ばったりと同僚のハッサン中田先生に会い、パネルの後、少し時間があったので、一緒にホテルの喫茶店に入りました。
 席について、コーヒーを注文したのですが、値段を見て、びっくり!! 一杯のコーヒーが1040円・・・
 これが東京なんですね、品川なんですね。田舎者のわたしには理解できないお値段でした。(T_T)

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2005.03.14

日本基督教学会 近畿支部会に出席

 今日は、痛い足を引きずりながら、日本基督教学会 近畿支部会に出席するため、尼崎にある英知大学まで出かけてきました。
 やはり一日寝たくらいでは痛みは取れず、足がうまく曲げられないので、歩くときの歩幅がいつもの半分くらいの感じです。ペンギンが歩いているのを想像してもらえればわかりやすいでしょう。(^_^;)
 階段の上り下りは、特に痛みを伴います。「あっつ・・・」とか「うっ・・・」とか思わず口から出そうになるのを、ぐっと我慢して、そろりそろりと上り下りしました。

 今日は、わたしが指導している学生が研究発表をすることもあり、また、わたし自身が研究発表の司会に当たっていたこともあって、無理してでも行く必要がありました。
 わたしが司会をする番の発表のちょうど直前に休憩時間があったので、そこでコーヒー飲みながら、いろいろな先生方と歓談していて、ふと時計を見ると、な、なんと発表開始時間が過ぎているではありませんか!
 恐る恐る、教室に入ってみると、すでにみな着席しており、コーヒー片手に遅れてきた司会者は白い目で見られた次第です。あ~、格好悪かった。何食わぬ顔で、始めましたが。(^_^;)

 午後の公開シンポジウムは、阪神大震災10周年がテーマになっていました。カトリックの取り組み、プロテスタントの取り組みなどを聞くことができて、有意義でした。

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