CISMOR

2007.12.07

リベラル・デモクラシーとイスラミック・デモクラシー

 10月に行われたCISMOR国際ワークショップの校正があがってきたので、自分の発言をあらためて確認することができました。この国際ワークショップの報告書は、英語、日本語、アラビア語で半年後くらいに刊行されることになりますが、ちょっと気になったポイントの一部をここでは紹介しておきたいと思います。
 第2セッションでヴァーエズィ先生(イラン)がリベラル・デモクラシーイスラミック・デモクラシーを対比的に説明されたのですが、それに対する私の質問は以下のようなものでした(ちょっと長い!)。

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2007.10.21

CISMOR国際ワークショップ(二日目)

071021 二日目、第3セッションはタリク・ラマダーン氏に、第4セッションはノーマン・フィンケルシュタイン氏に発表をしていただきました。右の写真は、第4セッションのもの。左にいるのは、コメンテーターの村田先生です。
 今回は、全体を通じて、かなり密度の濃い議論を交わすことができたように思います。
 5年もやると、さすがに慣れてきて、まったく緊張しないのが恐ろしいほどです。5年前であれば、準備段階から四苦八苦し、1週間も前から妙に緊張したものですが、今や、CISMOR事務局が熟練の域に達し、ロジスティク関係はほとんどすべてを信頼して任せることができるようになりました。
 とはいえ、司会は妙に気疲れし、終わるとぐったりしているのがわかります。座っているだけなのですが、発言内容が、反ユダヤ主義やイスラエル批判におよぶと、緊迫したムードが漂い、内心ドキドキしてしまいます。イスラエル・パレスチナ問題やイスラエル・ロビー、イラク戦戦争の開戦理由などをめぐる議論は、さすがに一筋縄にはいきません。

 国際ワークショップ終了後は、先斗町の風南に行って、夕食会。外国人のゲストをよく連れて行く、雰囲気のよいお店です。

 帰宅する頃には、さすがにどっと疲れが出ましたが、月曜日はしっかりと授業があります。これから準備をします。(T_T)
 明日は、お昼からフランシス・フクヤマ氏の名誉学位授与式があります。講演会は、授業の時間帯と完全に重なるので、残念ながら行くことができません。ご都合つく方は、ぜひ行ってください。世界のフクヤマを間近に見る機会は、そう多くはないと思いますので。

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2007.10.20

CISMOR国際ワークショップ(1日目)

071020_1 CISMORの国際ワークショップが、今日と明日行われます。
 初日の今日は、フランシス・フクヤマ氏(ジョンズ・ホプキンス大学)とヴァエズィー氏(イラン・バーゲロルオルーム大学)に発表してもらい、二つのセッションを行いました。
 今回、全部で4つあるセッションのうち、二つの司会を私がすることになっており、少々気疲れしますが、今日のセッションは非常に白熱し、実りある議論がなされました。

 フクヤマ氏はさすが、というべきか、非常にシャープな方でした。世のように投げかけられる質問にも、丁寧に答えられていました。
 フクヤマ氏の『歴史の終わり』『アメリカの終わり』は、まだ読まれていない方にはおすすめします。その主張に賛成するかどうかはともかくとして、現代アメリカのトップレベルの知性のあり方をかいま見ることができます。
071020_2  右上の写真は、レセプションのときに撮影したものです。中央にいるのがフクヤマ氏です。彼はまったく日本語をしゃべることができないのですが、その落ち着いた謙虚な物腰は、現代日本人が失ってしまった美徳を体現しているかのようでした。
 「ラスト・サムライ」と呼びたくなるような雰囲気をたたえています。映画「ラスト・サムライ」の続編があれば、トム・クルーズの代わりに、フランシス・フクヤマに主役をつとめてもらった方がよいと思うほどです。(^_^;)
 世界的に有名な、ほんとうに立派な先生だと思いますが、まったくえらそばったところがありません。

 フクヤマ氏との会話で教えられた、驚いた話しがあります。彼のお父さんは、アメリカで宗教社会学、教会史(特に会衆派)の教授だったのですが、1970年代にはじめて日本を訪れ、同志社大学神学部に半年間、客員研究員(あるいは客員教授)として滞在されていたそうです。意外にも身近なところにつながりがあったのだと驚いた次第です。

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2007.10.07

CISMOR研究会

071007 10月6日(土)、同志社大学東京オフィスで、下記のようにCISMOR研究会を行いました。

テーマ「共存を妨げるもの―イスラームの場合」
・内藤正典(一橋大学大学院社会研究科教授)
  「西欧社会は、なぜ自ら共生の道を閉ざすのか」
・中田 考(同志社大学大学院神学研究科教授)
  「イスラームにおいて共存を妨げるもの」

 内藤先生は、オランダ、フランス、ドイツ、トルコなどの事例を織り交ぜで、現在のヨーロッパ社会の現状をわかりやすく説明してくださいました。きちんと現場を踏まえたリサーチを続けておられるだけに、聞いていて非常に安心感があります。
 ヨーロッパの中でももっとも寛容として知られていたオランダにおいて、この数年、もっとも多くムスリム関係の事件が起きていることの背景を納得して聞くことができました。イスラム嫌悪感情(Islamophobia)をかき立てているのは、一般的に極右勢力だと思われていますが、今、もっとも排外的なのはリベラル派だということです。ヨーロッパにおけるリベラル派の意味は、日本で使われているのと少し異なりますが、リバタリアン的防衛本能が、リベラル派を反イスラム的な方向に駆り立てているようです。
 オランダは伝統的に多文化主義政策をとっていますが、棲み分け的な多文化主義が硬直すると(領域間の流動性を失うと)、アパルトヘイトに酷似してしまう、という指摘も印象的でした。これは、これからの日本も学ばなければならない教訓の一つだと思います。
 各国政府が、ムスリムに対し divide and control 政策(よいムスリムと悪いムスリムに分ける)を教化していることも懸念材料として示されていました。

 中田先生は、カリフ制を樹立することが大事だという持論を展開されていました。理想を追求し続ける姿勢は立派です。

 最近、内藤先生が編著者として出された次の本はおすすめです。

『神の法VS.人の法―スカーフ論争からみる西欧とイスラームの断層』(日本評論社)

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2007.07.21

研究会「共存を妨げるもの」

070721 今日は、以下のようなプログラムのCISMOR研究会が開催されました。
 COEプログラムも最終年に入り、そろそろ総括をしなければならない時期に入っています。そうした目的を兼ねて、テーマ設定がなされています。
 私は発表者の一人でしたが、レジュメができたのは、何と今日の朝5時頃。せっぱ詰まった中の準備で、細かい点の整理はできませんでしたが、何とか務めを果たすことができ、少しほっとしています。

 ディスカッションでは、多彩な意見が交わされ、楽しむことができました。


研究会テーマ:「共存を妨げるもの-キリスト教の場合」

発表:小原克博(同志社大学神学部教授)
「何が文明間・宗教間の共存を妨げてきたのか?
 ――『キリスト教世界』の創造と終末」       

発表:森 孝一(同志社大学神学部教授)
「『千年王国』とアメリカの使命」

コメント:
マイケル・シーゲル(南山大学総合政策学部准教授)
会田弘嗣(共同通信社編集委員)

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2007.06.30

アパルトヘイト廃止後の南アフリカと原理主義

070630 今日は、CISMORの公開講演会「アパルトヘイト廃止後の南アフリカと原理主義」が行われました。講師は、ディビッド・チデスター氏(ケープタウン大学教授)。

 南アフリカの事情については、日本ではほとんど知られていないだけに、アパルトヘイトの前後の変化について聞くことができたのは有意義でした。
 私の関心を特に引いたのは、原理主義勢力の位置づけや役割が時代によって、大きく変化してきたという点です。
 1970年代のキリスト教原理主義グループ"Jesus People"は、その宗教に保守的でありながら、社会的にはリベラルで、反暴力、非人種差別的、寛容という特徴が、当時の政府から危険視されたとのことでした。
 1980年代以降は、アメリカの原理主義勢力(ジェリー・ファルウェルら)の影響が強まり、彼らは強硬な南ア政府のやり方に賛辞を送っています。
 1994年にアパルトヘイト政策が撤廃され、南アは新しい時代を迎えますが、宗教の多様性を生かしながら、それらを統合した国家形成を目指します。このあたりは、米国と比することもできますが、まだまだ実験途上にあるという感じです。

 アパルトヘイトを正当化していたのも教会(オランダ改革派教会)であれば、アパルトヘイトを撤廃した立役者も教会勢力(ツツ司教ら)であったという点に、教会が果たしてきた歴史的役割の両義性を感じさせられました。

 講演に対するコメンテーターを磯前順一先生(国際日本文化研究センター)にしていただきました。原理主義の問題を、遠い国の出来事とするのではなく、日本にも内在する問題として自覚することを促されていたのが印象的でした。

 講演会終了後、チデスター先生らと膳處漢で夕食を共にしました。独特な雰囲気があって、外国人のお客さんにはお勧めの場所です(中華ですが、かなり京都風)。
 南アの様子をさらに詳しく聞くことができ、非常に貴重な時間となりました。

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2007.06.17

CISMOR研究会

070617  6/16(土)CISMORの「日本宗教から一神教への提言」研究会が行われました。
 今回は、磯前順一先生(国際日本文化研究センター)に「〈日本の宗教学〉再考」というタイトルで発表していただきました。
 今となっては当然の如く使っている「宗教」という言葉は、明治時代にReligionの訳語として用いられ始めましたが、実際には、その意味内容はかなり変遷しています。時代精神を映しながら意味を変えてきたと言えます。
 また見方を変えれば、「宗教」がどのようなものとして理解されていたかを考察することによって、それぞれの時代における社会の様子をのぞき見ることもできるわけです。
 同様に「宗教学」も一筋縄には整理できませんが、そうした学問史研究も日本ではまだ十分ではない、ということでした。
 磯前先生はすでにたくさんの著作を著されていますが、どれも密度が濃くて驚かされます。

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2007.05.13

国際イスラーム大学との合同シンポジウム

070513  5月12日(土)、CISMORと国際イスラーム大学(マレーシア)の合同の国際シンポジウムが行われました。マレーシアからは、以下のプログラムにあるように3名の先生方が来られました(右写真)。
 今回のテーマは「一神教における救済と多元主義」
 私も発表をしましたが、とにかく時間がない中で準備したので、緻密な議論は展開できませんでしたが、「宗教の神学」を中心に話題提供しました。

 今週猛烈に忙しかったので、どっと疲れましたが、このシンポジウムが終わって、気分的には一山越えた感じです。

1st session
Hazizan Md. Noon (Dean of Kulliyyah of Islamic Revealed Knowledge & Human Sciences)
"The Nucleus of Islamic Religion and its Bearing upon Islamic Concept of Salvation and Practice of Multiculturalism in Contemporary Malaysia"

Hassan Ahmed Ibrahim (Deputy Dean of Kulliyyah of Islamic Revealed Knowledge & Human Sciences)
"Uniculturalism, Multiculturalism and Islamic Thought in the Pre-modern Era: The Cases of Shaykh Muhammad Ibn Abd Al-Wahhab and Shah Wali Allah"

Ibrahim Mohamed Zein (Deputy Dean of Kulliyyah of Islamic Revealed Knowledge & Human Sciences)
"Pluralism,Unity and the Ethics of Disagreement in Islam"

2nd session
Michio Tokunaga (Kyoto Women`s University)
"The Concepts of "Salvation" and "Emancipation" in Pure Land Mahayana"

Isaiah Teshima (Doshisha University)
"In Quest of the Repentance: An Overview of Judaism's Mind Structures and Ideas"

Katsuhiro Kohara (Deputy Director of CISMOR, Doshisha University)
"A Critique of the Pluralist Model: "Exclusivism" and "Inclusivism" Revisited"

3rd session
Discussion

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2007.05.08

アジア神学の展望

070508  本日、Kim Heup Young 先生(カンナム大学)を招いて、CISMOR主催の研究会を行いました。
 Kim先生の発表タイトルは"Christ as the Tao: an East Asian Christology of the Tao (Christo-tao)"
 タオ(道)の概念を中心にして、東北アジアにおける Contexual Theology を模索した発表であったと言えます。
 韓国社会において、タオが今なお人々の考え方に影響を及ぼしていることは、韓国の国旗(太極旗)を見てもわかると思います。
 問題は、それをどこまで東北アジアの共通項として使うことができるか、また、さらにそこから西洋の神学をどのように相対化していくことができるか、という点にあるでしょう。

 Kim先生はアジア神学のパイオニア的存在ですが、この点、日本は本当に弱い! アジアという自覚が薄いというだけでなく、日本的文脈を神学の課題として積極的に受けとめていくモチベーションがきわめて低いです。
 この分野に関して、私はまだ十分な思索を展開できていませんが、Kim先生の熱いパッションに促され、アジア神学に貢献できるような道を進みたいと思っています。

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2007.03.08

「日本宗教から一神教への提言」研究会

070308 3月7日(水)、新たに立ち上げたCISMORの研究会が開催されました。
 その名も、「日本宗教から一神教への提言」研究会!
 私が責任者となって企画・組織してきましたが、その趣旨を末尾につけておきます。

 第1回研究会では安藤礼ニ先生(多摩美術大学)に「大川周明と折口信夫-明治期の宗教思想家たちと「一神教」」と題して発表してもらいました。
 その後のディスカッションは盛り上がり、参加者の関心の高さがうかがえました。写真はその一こまですが、司会をしている私の右に座っているのが安藤先生(後ろ姿!)です。

 写真の中央奥にビデオ撮影している人の姿が映っていますが、スカイパーフェクトTVの収録の一環です。いずれこのブログで報告したいと思いますが、ベネッセが企画しているスカイパーフェクトTV用の教育番組「研究室へ行こう!」(30分番組)の対象に私がなっており、この日も朝から収録をしていました。さてさて、どうなるのでしょう。

■部門研究3「日本宗教から一神教への提言」
http://www.cismor.jp/jp/research/groups/index.html
 これまで様々な形で宗教間対話のモデルが提唱され、また、実際に異なる宗教間での対話が行われてきた。しかし今日の紛争やテロを見ると、宗教が直接の原因となっ ているわけではないが、事態の展開に一神教が関与していることは否定できない。現代社会が抱えているこの困難な問題に対して、一神教以外の宗教、特に日本宗教はどのような提言をすることができるだろうか。
 本来、三つの一神教の間において、あるいは、一神教それぞれの内部における急進派と穏健派との間で対話がなされ、問題解決がなされるべきであるが、そこにはある種の行き詰まりが見られる。したがって、すべての宗教が横並びになってなされる、具体的焦点を欠いた宗教間対話ではなく、一神教に対し、それ以外の宗教が積極的に問題解決の糸口を示す宗教間対話こそが今必要とされている。
 日本において、いわゆる「一神教批判」は枚挙にいとまがないほどである。しかし、「提言」としての批判は、単なる批判ではなく、批判し提言する相手(一神教とその世界)との「対話の接点」が必要である。
 多神教的要素を多分に含み持つ日本宗教から、一神教がどのように理解されているのか、何を、どのような方法によって提言できるのかを、本研究会では考察してい く。
 また、近代において日本の文化・宗教・歴史に対し一神教がどのような影響を与え、内在化されていったかについての歴史的考察も行う。そうすることによって、一神教が単に日本の外部にある他者として存在してきたのではなく、受容と拒絶というプロセスを通じて内在化されてきた側面を持つことを明らかにしていく。それはまた日本宗教の自己規定に密接に関わる課題となるはずである。

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