CISMOR

2007.12.07

リベラル・デモクラシーとイスラミック・デモクラシー

 10月に行われたCISMOR国際ワークショップの校正があがってきたので、自分の発言をあらためて確認することができました。この国際ワークショップの報告書は、英語、日本語、アラビア語で半年後くらいに刊行されることになりますが、ちょっと気になったポイントの一部をここでは紹介しておきたいと思います。
 第2セッションでヴァーエズィ先生(イラン)がリベラル・デモクラシーイスラミック・デモクラシーを対比的に説明されたのですが、それに対する私の質問は以下のようなものでした(ちょっと長い!)。

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2007.10.21

CISMOR国際ワークショップ(二日目)

071021 二日目、第3セッションはタリク・ラマダーン氏に、第4セッションはノーマン・フィンケルシュタイン氏に発表をしていただきました。右の写真は、第4セッションのもの。左にいるのは、コメンテーターの村田先生です。
 今回は、全体を通じて、かなり密度の濃い議論を交わすことができたように思います。
 5年もやると、さすがに慣れてきて、まったく緊張しないのが恐ろしいほどです。5年前であれば、準備段階から四苦八苦し、1週間も前から妙に緊張したものですが、今や、CISMOR事務局が熟練の域に達し、ロジスティク関係はほとんどすべてを信頼して任せることができるようになりました。
 とはいえ、司会は妙に気疲れし、終わるとぐったりしているのがわかります。座っているだけなのですが、発言内容が、反ユダヤ主義やイスラエル批判におよぶと、緊迫したムードが漂い、内心ドキドキしてしまいます。イスラエル・パレスチナ問題やイスラエル・ロビー、イラク戦戦争の開戦理由などをめぐる議論は、さすがに一筋縄にはいきません。

 国際ワークショップ終了後は、先斗町の風南に行って、夕食会。外国人のゲストをよく連れて行く、雰囲気のよいお店です。

 帰宅する頃には、さすがにどっと疲れが出ましたが、月曜日はしっかりと授業があります。これから準備をします。(T_T)
 明日は、お昼からフランシス・フクヤマ氏の名誉学位授与式があります。講演会は、授業の時間帯と完全に重なるので、残念ながら行くことができません。ご都合つく方は、ぜひ行ってください。世界のフクヤマを間近に見る機会は、そう多くはないと思いますので。

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2007.10.20

CISMOR国際ワークショップ(1日目)

071020_1 CISMORの国際ワークショップが、今日と明日行われます。
 初日の今日は、フランシス・フクヤマ氏(ジョンズ・ホプキンス大学)とヴァエズィー氏(イラン・バーゲロルオルーム大学)に発表してもらい、二つのセッションを行いました。
 今回、全部で4つあるセッションのうち、二つの司会を私がすることになっており、少々気疲れしますが、今日のセッションは非常に白熱し、実りある議論がなされました。

 フクヤマ氏はさすが、というべきか、非常にシャープな方でした。世のように投げかけられる質問にも、丁寧に答えられていました。
 フクヤマ氏の『歴史の終わり』『アメリカの終わり』は、まだ読まれていない方にはおすすめします。その主張に賛成するかどうかはともかくとして、現代アメリカのトップレベルの知性のあり方をかいま見ることができます。
071020_2  右上の写真は、レセプションのときに撮影したものです。中央にいるのがフクヤマ氏です。彼はまったく日本語をしゃべることができないのですが、その落ち着いた謙虚な物腰は、現代日本人が失ってしまった美徳を体現しているかのようでした。
 「ラスト・サムライ」と呼びたくなるような雰囲気をたたえています。映画「ラスト・サムライ」の続編があれば、トム・クルーズの代わりに、フランシス・フクヤマに主役をつとめてもらった方がよいと思うほどです。(^_^;)
 世界的に有名な、ほんとうに立派な先生だと思いますが、まったくえらそばったところがありません。

 フクヤマ氏との会話で教えられた、驚いた話しがあります。彼のお父さんは、アメリカで宗教社会学、教会史(特に会衆派)の教授だったのですが、1970年代にはじめて日本を訪れ、同志社大学神学部に半年間、客員研究員(あるいは客員教授)として滞在されていたそうです。意外にも身近なところにつながりがあったのだと驚いた次第です。

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2007.10.07

CISMOR研究会

071007 10月6日(土)、同志社大学東京オフィスで、下記のようにCISMOR研究会を行いました。

テーマ「共存を妨げるもの―イスラームの場合」
・内藤正典(一橋大学大学院社会研究科教授)
  「西欧社会は、なぜ自ら共生の道を閉ざすのか」
・中田 考(同志社大学大学院神学研究科教授)
  「イスラームにおいて共存を妨げるもの」

 内藤先生は、オランダ、フランス、ドイツ、トルコなどの事例を織り交ぜで、現在のヨーロッパ社会の現状をわかりやすく説明してくださいました。きちんと現場を踏まえたリサーチを続けておられるだけに、聞いていて非常に安心感があります。
 ヨーロッパの中でももっとも寛容として知られていたオランダにおいて、この数年、もっとも多くムスリム関係の事件が起きていることの背景を納得して聞くことができました。イスラム嫌悪感情(Islamophobia)をかき立てているのは、一般的に極右勢力だと思われていますが、今、もっとも排外的なのはリベラル派だということです。ヨーロッパにおけるリベラル派の意味は、日本で使われているのと少し異なりますが、リバタリアン的防衛本能が、リベラル派を反イスラム的な方向に駆り立てているようです。
 オランダは伝統的に多文化主義政策をとっていますが、棲み分け的な多文化主義が硬直すると(領域間の流動性を失うと)、アパルトヘイトに酷似してしまう、という指摘も印象的でした。これは、これからの日本も学ばなければならない教訓の一つだと思います。
 各国政府が、ムスリムに対し divide and control 政策(よいムスリムと悪いムスリムに分ける)を教化していることも懸念材料として示されていました。

 中田先生は、カリフ制を樹立することが大事だという持論を展開されていました。理想を追求し続ける姿勢は立派です。

 最近、内藤先生が編著者として出された次の本はおすすめです。

『神の法VS.人の法―スカーフ論争からみる西欧とイスラームの断層』(日本評論社)

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2007.07.21

研究会「共存を妨げるもの」

070721 今日は、以下のようなプログラムのCISMOR研究会が開催されました。
 COEプログラムも最終年に入り、そろそろ総括をしなければならない時期に入っています。そうした目的を兼ねて、テーマ設定がなされています。
 私は発表者の一人でしたが、レジュメができたのは、何と今日の朝5時頃。せっぱ詰まった中の準備で、細かい点の整理はできませんでしたが、何とか務めを果たすことができ、少しほっとしています。

 ディスカッションでは、多彩な意見が交わされ、楽しむことができました。


研究会テーマ:「共存を妨げるもの-キリスト教の場合」

発表:小原克博(同志社大学神学部教授)
「何が文明間・宗教間の共存を妨げてきたのか?
 ――『キリスト教世界』の創造と終末」       

発表:森 孝一(同志社大学神学部教授)
「『千年王国』とアメリカの使命」

コメント:
マイケル・シーゲル(南山大学総合政策学部准教授)
会田弘嗣(共同通信社編集委員)

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2007.06.30

アパルトヘイト廃止後の南アフリカと原理主義

070630 今日は、CISMORの公開講演会「アパルトヘイト廃止後の南アフリカと原理主義」が行われました。講師は、ディビッド・チデスター氏(ケープタウン大学教授)。

 南アフリカの事情については、日本ではほとんど知られていないだけに、アパルトヘイトの前後の変化について聞くことができたのは有意義でした。
 私の関心を特に引いたのは、原理主義勢力の位置づけや役割が時代によって、大きく変化してきたという点です。
 1970年代のキリスト教原理主義グループ"Jesus People"は、その宗教に保守的でありながら、社会的にはリベラルで、反暴力、非人種差別的、寛容という特徴が、当時の政府から危険視されたとのことでした。
 1980年代以降は、アメリカの原理主義勢力(ジェリー・ファルウェルら)の影響が強まり、彼らは強硬な南ア政府のやり方に賛辞を送っています。
 1994年にアパルトヘイト政策が撤廃され、南アは新しい時代を迎えますが、宗教の多様性を生かしながら、それらを統合した国家形成を目指します。このあたりは、米国と比することもできますが、まだまだ実験途上にあるという感じです。

 アパルトヘイトを正当化していたのも教会(オランダ改革派教会)であれば、アパルトヘイトを撤廃した立役者も教会勢力(ツツ司教ら)であったという点に、教会が果たしてきた歴史的役割の両義性を感じさせられました。

 講演に対するコメンテーターを磯前順一先生(国際日本文化研究センター)にしていただきました。原理主義の問題を、遠い国の出来事とするのではなく、日本にも内在する問題として自覚することを促されていたのが印象的でした。

 講演会終了後、チデスター先生らと膳處漢で夕食を共にしました。独特な雰囲気があって、外国人のお客さんにはお勧めの場所です(中華ですが、かなり京都風)。
 南アの様子をさらに詳しく聞くことができ、非常に貴重な時間となりました。

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2007.06.17

CISMOR研究会

070617  6/16(土)CISMORの「日本宗教から一神教への提言」研究会が行われました。
 今回は、磯前順一先生(国際日本文化研究センター)に「〈日本の宗教学〉再考」というタイトルで発表していただきました。
 今となっては当然の如く使っている「宗教」という言葉は、明治時代にReligionの訳語として用いられ始めましたが、実際には、その意味内容はかなり変遷しています。時代精神を映しながら意味を変えてきたと言えます。
 また見方を変えれば、「宗教」がどのようなものとして理解されていたかを考察することによって、それぞれの時代における社会の様子をのぞき見ることもできるわけです。
 同様に「宗教学」も一筋縄には整理できませんが、そうした学問史研究も日本ではまだ十分ではない、ということでした。
 磯前先生はすでにたくさんの著作を著されていますが、どれも密度が濃くて驚かされます。

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2007.05.13

国際イスラーム大学との合同シンポジウム

070513  5月12日(土)、CISMORと国際イスラーム大学(マレーシア)の合同の国際シンポジウムが行われました。マレーシアからは、以下のプログラムにあるように3名の先生方が来られました(右写真)。
 今回のテーマは「一神教における救済と多元主義」
 私も発表をしましたが、とにかく時間がない中で準備したので、緻密な議論は展開できませんでしたが、「宗教の神学」を中心に話題提供しました。

 今週猛烈に忙しかったので、どっと疲れましたが、このシンポジウムが終わって、気分的には一山越えた感じです。

1st session
Hazizan Md. Noon (Dean of Kulliyyah of Islamic Revealed Knowledge & Human Sciences)
"The Nucleus of Islamic Religion and its Bearing upon Islamic Concept of Salvation and Practice of Multiculturalism in Contemporary Malaysia"

Hassan Ahmed Ibrahim (Deputy Dean of Kulliyyah of Islamic Revealed Knowledge & Human Sciences)
"Uniculturalism, Multiculturalism and Islamic Thought in the Pre-modern Era: The Cases of Shaykh Muhammad Ibn Abd Al-Wahhab and Shah Wali Allah"

Ibrahim Mohamed Zein (Deputy Dean of Kulliyyah of Islamic Revealed Knowledge & Human Sciences)
"Pluralism,Unity and the Ethics of Disagreement in Islam"

2nd session
Michio Tokunaga (Kyoto Women`s University)
"The Concepts of "Salvation" and "Emancipation" in Pure Land Mahayana"

Isaiah Teshima (Doshisha University)
"In Quest of the Repentance: An Overview of Judaism's Mind Structures and Ideas"

Katsuhiro Kohara (Deputy Director of CISMOR, Doshisha University)
"A Critique of the Pluralist Model: "Exclusivism" and "Inclusivism" Revisited"

3rd session
Discussion

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2007.05.08

アジア神学の展望

070508  本日、Kim Heup Young 先生(カンナム大学)を招いて、CISMOR主催の研究会を行いました。
 Kim先生の発表タイトルは"Christ as the Tao: an East Asian Christology of the Tao (Christo-tao)"
 タオ(道)の概念を中心にして、東北アジアにおける Contexual Theology を模索した発表であったと言えます。
 韓国社会において、タオが今なお人々の考え方に影響を及ぼしていることは、韓国の国旗(太極旗)を見てもわかると思います。
 問題は、それをどこまで東北アジアの共通項として使うことができるか、また、さらにそこから西洋の神学をどのように相対化していくことができるか、という点にあるでしょう。

 Kim先生はアジア神学のパイオニア的存在ですが、この点、日本は本当に弱い! アジアという自覚が薄いというだけでなく、日本的文脈を神学の課題として積極的に受けとめていくモチベーションがきわめて低いです。
 この分野に関して、私はまだ十分な思索を展開できていませんが、Kim先生の熱いパッションに促され、アジア神学に貢献できるような道を進みたいと思っています。

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2007.03.08

「日本宗教から一神教への提言」研究会

070308 3月7日(水)、新たに立ち上げたCISMORの研究会が開催されました。
 その名も、「日本宗教から一神教への提言」研究会!
 私が責任者となって企画・組織してきましたが、その趣旨を末尾につけておきます。

 第1回研究会では安藤礼ニ先生(多摩美術大学)に「大川周明と折口信夫-明治期の宗教思想家たちと「一神教」」と題して発表してもらいました。
 その後のディスカッションは盛り上がり、参加者の関心の高さがうかがえました。写真はその一こまですが、司会をしている私の右に座っているのが安藤先生(後ろ姿!)です。

 写真の中央奥にビデオ撮影している人の姿が映っていますが、スカイパーフェクトTVの収録の一環です。いずれこのブログで報告したいと思いますが、ベネッセが企画しているスカイパーフェクトTV用の教育番組「研究室へ行こう!」(30分番組)の対象に私がなっており、この日も朝から収録をしていました。さてさて、どうなるのでしょう。

■部門研究3「日本宗教から一神教への提言」
http://www.cismor.jp/jp/research/groups/index.html
 これまで様々な形で宗教間対話のモデルが提唱され、また、実際に異なる宗教間での対話が行われてきた。しかし今日の紛争やテロを見ると、宗教が直接の原因となっ ているわけではないが、事態の展開に一神教が関与していることは否定できない。現代社会が抱えているこの困難な問題に対して、一神教以外の宗教、特に日本宗教はどのような提言をすることができるだろうか。
 本来、三つの一神教の間において、あるいは、一神教それぞれの内部における急進派と穏健派との間で対話がなされ、問題解決がなされるべきであるが、そこにはある種の行き詰まりが見られる。したがって、すべての宗教が横並びになってなされる、具体的焦点を欠いた宗教間対話ではなく、一神教に対し、それ以外の宗教が積極的に問題解決の糸口を示す宗教間対話こそが今必要とされている。
 日本において、いわゆる「一神教批判」は枚挙にいとまがないほどである。しかし、「提言」としての批判は、単なる批判ではなく、批判し提言する相手(一神教とその世界)との「対話の接点」が必要である。
 多神教的要素を多分に含み持つ日本宗教から、一神教がどのように理解されているのか、何を、どのような方法によって提言できるのかを、本研究会では考察してい く。
 また、近代において日本の文化・宗教・歴史に対し一神教がどのような影響を与え、内在化されていったかについての歴史的考察も行う。そうすることによって、一神教が単に日本の外部にある他者として存在してきたのではなく、受容と拒絶というプロセスを通じて内在化されてきた側面を持つことを明らかにしていく。それはまた日本宗教の自己規定に密接に関わる課題となるはずである。

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2006.12.17

CISMOR研究会(東京)

061217  12月16日(土)、同志社大学東京オフィスで「一神教と多神教――インドの「一神教」理解について」というテーマで研究会を持ちました。
 後藤敏文先生(東北大学)と丸井浩先生(東京大学)に発表をしていただきました。古代インドを中心とする話であったので、私にとっては真新しいことばかりであったのですが、古典文献をきちんと扱うことのできる碩学ぶりには感心させられました。
 丸井先生は、宗教間対話や包括主義(inclusivism)ということに言及され、このあたりは私の関心と重なるところが多く、インスピレーションを受けました。
 インドは包括主義と排他主義を両輪としてきたのではないか、という指摘にはまったく同感でした。
 議論をしながら、一度、このあたりの問題をきちんと整理する必要のあることを痛感しました。宗教間対話の議論では、多元主義的モデルがしばしば理想とされ、排他主義や包括主義は前時代的な遺物として見なされるような風潮がありますが、こうした考え方に、私はかなり批判的な意見を持っていますので、いずれ、まとめてみたいと考えています。

 丸井先生が発表の冒頭で、私のHPのことに言及してくださいました。多少なりともお役に立てたようで、うれしい限りです。

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2006.12.02

CISMOR研究会(東京)

061202_1  12月2日(土)午後、CISMORの研究会が東京で行われました。
 今回はアメリカの中間選挙がテーマ。
 共同通信の会田さんが「米中間選挙を読む――福音派の動きを軸に」のタイトルで、同志社の村田先生が「中間選挙後のブッシュ外交」のタイトルで発表してくださいました。

 具体的な統計データを用いながら、福音派の投票行動を分析したり、02年の大統領選挙後の民主党の福音派へのアプローチを紹介してくれた会田さんの発表は、私の関心に重なる部分がかなり多かったです。

061202_2_1  昨夕、ほとんど同じテーマでNHKラジオの収録をしましたが、先に会田さんの発表を聞いておきたかったと思う内容でした。結論が同じでも、豊富なデータの裏付けがあったら、もう少し自信を持って語れただろうと思います。とはいえ、ラジオではそれほど細かいことを語る時間的余裕はありませんでしたが・・・


 福音派の動向については、ポイントを後日紹介したいと思います。

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2006.11.05

CISMOR国際ワークショップ 二日目

061105_1 今日は、国際ワークショップの二日目のプログラムが行われました。午前中は、ヨーロッパにおけるユダヤ教の問題、特に反ユダヤ主義についてのセッションが行われ、午後には、「ヨーロッパはなおキリスト教世界なのか」というテーマでのセッションが行われました(私は司会を務めました)。
 今日は、たまたま同志社のリユニオンの日と重なり、国際ワークショップの会場となっていた新島会館の隣にある新島旧邸には、たくさんの人が訪れていました。
 私もお昼の休憩時間を利用して、かなり久しぶりに新島旧邸を見学しました。右の写真は、新島襄が使っていた机です。

061105_2  二日間のワークショップを通じて、ある程度わかっていたつもりになっていたヨーロッパに対して、認識を新たにされたり、思っていた以上に複雑な事情を抱えていることを痛感させられました。
 EUの今後について考えてみても、前途多難とも言えますし、壮大な実験を行っているという意味での期待感もあります。
 ヨーロッパが「ポスト・キリスト教時代」に入っているということは、十分に認識できました。しかし、それが宗教的な多元性の拡大や、イスラームをはじめとする信仰覚醒運動などと密接に結びついていますので、宗教の問題を抜きにして、ヨーロッパが抱える問題の深部を理解することはできません。
 内藤先生がふと口にした「ヨーロッパは、なぜ他者を差別(※反ユダヤ主義やイスラム嫌悪感情等のこと)することによってしか、自己規定できないのだろうか」という、ある種のいらだちを含んだ発言を重く受けとめました。これは、ヨーロッパに限定される問題ではないにしても、その問題性を如実に語る数々のヨーロッパの事例に学びながら、我々の教訓にしていかなければならないと感じました。

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2006.11.04

「ヨーロッパ」という自己理解と一神教

061104_1  CISMOR国際ワークショップの初日を無事終えることができました。今年は、ヨーロッパに焦点を当てています。ある意味、宗教が関連したやっかいな事件は、アメリカよりヨーロッパにおいて多発しています。しかし、ヨーロッパのことはアメリカと比べると、あまり十分には紹介されていないというのが現状であると思います。

 午前中の公開シンポジウム(右写真はその一場面)には200名近い来場者がありましたが、おそらく多くの来場者は、ヨーロッパの現実の一面を知ることができたと思います。
 公開シンポジウムの概要を説明するのは大変ですが、CISMOR講演会の常連のSさんより、的確な感想をいただきましたので、内容説明の代わりに紹介させていただきます。

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ヨーロッパの状況がよく分かるシンポジウムだったと思いました。
特にラマダーンさんとボザルスランさんの間の応答を興味深く聞きました。

現実には混合主義が進み日々変化しているし、改革の方向性にあるというボザルスランさんに対し、認識を同じくしながらも「しかし、どこまで?」というラマダーンさんの問いは、とても重要だと思いました。
ムスリム内部での対話と共に、外部との対話も大切だと感じます。

ヨーロッパの寛容概念が「受け入れるが認めない」ということ、ムスリムは世俗主義を「民主主義ではなく独裁主義」と認識してきたということなど、知ることができました。

クリストファーセンさんの「ヨーロッパの市民が宗教のみで再定義されてしまうのではないか」という恐れは、私たち日本においても、様々な細部の差異で区別(差別)してしまうことと似通っているという印象を持ちました。

最後にラマダーンさんの「草の根レベルでも共同作業が必要」ということを聞いて、私のような一般の市民が、知識を得る目的だけでなくて、このシンポジウムに参加する意味を見いだせて、嬉しく思いました。

公開していただいて、ありがとうございました。

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061104_2  午後はクローズドなワークショップが続きました。タリク・ラマダーン氏がスピーカーとなり、2時間近い質疑応答がなされました。
 ラマダーン氏は、ヨーロッパ在住のムスリムとしてはもっとも知名度が高い人物ですが、非常に気さくで、シャープな思考の持ち主でした。
 こういう人がもっと多くいれば、ヨーロッパにおけるイスラムの位置づけも大きく変わっていくのではないかと感じさせられました。
061104_3 右の写真は、レセプションのときに撮ってもらったツーショット写真。彼はアメリカ政府から入国拒否されているのですが、「私と一緒の写真がアメリカ政府にわたったら、あなたもアメリカに入国できなくなるかもしれないよ」と冗談を言っていました。
 こういう写真を撮るのはいかにもミーハーな感じがしますが、内藤正典先生(一橋大学)もラマダーン氏とのツーショットを望まれ、私が撮影しました。

 ちなみに、内藤先生のヨーロッパ通ぶりには、ヨーロッパからの参加者も驚いていました。さすがです。

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2006.10.21

CISMOR研究会

 今日は、次のような内容でCISMORの研究会がありました。あまりよく理解していない分野の話であったので、何かと勉強になりました。
 スピノザの「神即自然」という考えたかは知っていましたが、よく考えると、なかなか刺激的な内容を含んでいることに気づかされます。

研究会テーマ「ユダヤ世俗主義の原型を探る:宗教と政治の関係」

河井徳治(大阪産業大学名誉教授)
「スピノザ:西欧思想史に見る異性体―その神観と倫理・政治思想」
飯島昇蔵(早稲田大学)
「マキャベリ、スピノザ、レオ・シュトラウス―哲学と宗教」

 それにしても、今日は秋晴れがすがすがしい、絶好の行楽日和でした。こういう日に限って、授業がめいっぱい詰まっていたり、他の行事が入っていたりしています。

 うちの近所のスーパー(たとえばイズミヤ)では、クリスマス・ツリーがすでに飾られているのですが、これって早すぎませんか?? 10月半ばでクリスマス・ツリーを見ると、何だかか師走のような気ぜわしさにおそわれ、落ち着かないですね~

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2006.07.29

CISMOR研究会

060729 7月29日、寒梅館会議室で、CISMORの「一神教の再考と文明の共存」研究会を行いました。
 テーマは「キリスト教における世俗化・近代化」ということで、カトリックの立場からマイケル・シーゲル先生(南山大学)にプロテスタントおよび宗教社会学の立場から三宅先生(同志社大学)に発表をしていただきました。私はまたもや司会。このところ司会業が続いています。フリーな発言をしたいところですが、司会者としては自己抑制しなければならないので、けっこうストレスがたまります。
 コメンテーターとしては、ユダヤ学の立場から市川先生(東京大学)、イスラームの立場から中田先生にご発言をいただきました。
 一般的に世俗化論は近代ヨーロッパを大前提にして議論されることが多いのですが、ユダヤ教やイスラームをかませることによって、その前提が相対化されていくのが興味深かったです。
 世俗化・近代化はかなり大きなテーマなので、今回の議論だけでは何もまとまった結論を得ることはできませんでしたが、どういう問題点や認識のずれがあるのかの確認はできたように思います。息長くやっていく価値のあるテーマだと言えるでしょう。

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2006.07.10

イスラエル大使講演会

 7月8日(土)午前中には、韓国からキリスト教倫理を専門とする先生方をお迎えし、私が同志社や日本での状況について説明をし、対話の時を持ちました。
 彼らは「新世代教会倫理研究会」というグループを結成しています。なぜそういうもの作ったのか、と尋ねると、韓国の教会は成長の副作用として、いろいろな倫理的な問題を抱えているのだ、ということで、きちんとした教会内規範を回復させることが目的のようでした。
 教会の世襲制が引き起こす問題など、私も部分的には聞き知っていましたが、あらためて聞くと、韓国ならではの課題が現れていておもしろいな、と思いました。
 私が強調したことの一つは、倫理的な問題は国内的な次元のものもあるが、そこに還元されない東アジア的な課題を共有していく必要があるということでした。この点については、共感していただけました。
 話し合いの後、寒梅館で一緒に昼食をしたのですが、その道すがら、ユン・ドンジュの詩碑を紹介しました。みなさん大感激で、写真を撮っていました。さすがに国民的に愛されている詩人のことだけはあります。

 午後は、イスラエル大使講座に参加しました。公安や京都府警なども関わって、かなり物々しい雰囲気に包まれていました。金属探知機を使ったチェックも行われました。
 また会場となった神学館前では、イスラエルに対する抗議運動が行われていました。
 講演中も、会場の正面両脇には屈強なSPが二人仁王立ちになっており、かなりいかつい印象を与えていました。
 話の内容は、だいたい想像の範囲内でした。昨今のガザ攻撃は、やむを得ない自衛行為であるということでした。また、ハマスはテロリスト集団として、頭から対話相手として見なされていませんでした。まあ、それがイスラエル政府の公式見解であるとはいえ、このままでは事態が拘泥化するだけではないかと思いました。
 先日の亡命パレスチナ人のタミーミー氏の話では、イスラエルはハマスを対話相手として認めよ、ということが主張点の一つでしたから、両者の立場が大きくすれ違っていることをあらためて見せつけられた思いがしました。

 関連の京都新聞記事を参考までお知らせいたします。

http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2006070800159&genre=G1&area=K1B

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2006.06.24

「パレスチナとイスラエルの対話」を終えて

060624 朝8時(!)から打ち合わせを始め、夜のレセプションまで長い一日でした。
 午前中は公開シンポジウムでした。一人ひとりの割り当て時間を事前にきちんと説明していたのですが、誰も守ってくれないっ!! さすがに焦りました。
 イスラエル・パレスチナ問題に関心を持っている人にとっては、今日的な事情に触れる、よい機会になったと思います。
 岡真理先生(京大)のコメントも、よかったです。イスラエル国家を大前提にした話の流れに抗して、「犠牲者」を一つのキーワードにした鋭い切り口を提供してくださったように思います。
 午後はクローズドのワークショップ。ここでも、いろいろな論点が出され、また、問題の解決策などもいくつか提起されていましたが、なかなか簡単には落ち着きません。イスラエル人においても、パレスチナ人においても、内部的な多様性・葛藤・緊張関係がありますから、万人が納得する解決する方法など、おそらくあり得ません。どういう形でよき妥協点を見いだしていくのかが問われていると言えるでしょう。
 私は、アッバス議長が主導している、イスラエルの承認を問う住民投票のことについて質問しましたが、ハマスが期待しない結果になった場合、ハマスとPLOの間で内紛が起こるのではないか、との返答をいただきました。こういう結果を最大限避ける努力を双方はしなければならないと思います。もちろん、イスラエルがハマスと対話しようとする姿勢を示すことも必要でしょう。

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2006.06.22

「パレスチナとイスラエルの対話」

 今週土曜日、下記のように公開シンポジウムが予定されています。
 イスラエル人2名、パレスチナ人2名の組み合わせで行います。限られた時間の中で、どこまで突っ込んだ議論ができるのかはわかりませんが、現場の雰囲気の一端は感じ取ることができるのではないかと思います。ちなみに、司会は私。
 関心のある方は、ぜひお越しください。逐次通訳ではなく、同時通訳なので、議論に集中できると思います。

■公開シンポジウム
「パレスチナとイスラエルの対話――この1年を回顧する」

日時:2006年6月24日(土)9:30-12:00
会場:同志社大学今出川キャンパス 寒梅館ハーディーホール
パネリスト:エヤル・ベンアリ氏(ヘブライ大学教授)
  サイード・ザイダーニー氏(アル・クドゥス大学教授)
  ワリード・サーレム氏(パノラマセンター・エルサレム・オフィス代表)
  マリオ・シュナイダー氏(ヘブライ大学教授)
(入場無料/事前申込不要/同時通訳あり)

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2006.06.17

タミーミー氏講演会

060617 タミーミー氏の講演会「中東紛争の根源」に参加しました。イスラエル・パレスチナ問題は政治的問題であることを明快に述べられました(宗教が問題の発端ではないということです)。
 終始一貫して主張されていたのは、イスラエルを国家として認めることは、1948年にパレスチナ人が自分たちの土地を追い出されたことを承服することと同義であり、決して認めることはできないということでした。
 近々、パレスチナ自治政府のアッバス議長がイスラエルを承認するかどうかの住民投票をすることについても言及され、結論的には、これは時間の無駄遣いだということでした。基本的にはハマス寄りの主張を展開されていたわけですが、なぜ多くの人がハマスを支持しているのかについて、少しわかったような気がしました。
 少なくともハマスをテロリスト集団と決めつけ、援助をストップし、話し相手としても認めない、というのでは埒があかないでしょう。

 来週土曜日、「パレスチナとイスラエルの対話――この1年を回顧する」という公開シンポジウムを開催します(→CISMOR)。ここでは、二人のパレスチナ人と二人のイスラエル人をスピーカーとしてお迎えしますが、その前に、タミーミー氏の意見を聞けたのは非常によかったです。

 ちなみに、タミーミー氏は7月上旬にロンドンで開催される Islam Expo のオーガナイザーでもあります。
 講演会のあと、三条河原町のトルコ・レストランで夕食を共にしながら、あれこれ楽しい会話を交わすことができました。さすがにヨーロッパにおけるイスラーム事情については、よくご存じでした。
 タミーミー氏によれば、イスラームに対してもっとも敵対的なのはフランスとのこと。反対に、イスラームを受け入れる努力をもっともしているのが、英国とスウェーデンとのことでした。

 ヨーロッパの多文化主義や「ヨーロッパ的ムスリム」といった考え方にも批判的で、結局、それらは支配的な価値の押しつけであり、「よいムスリム」「悪いムスリム」を選別するための思想だと手厳しく批判していました。

 大いに刺激を受けた一時でした。


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2006.06.15

講演会「中東紛争の根源」

 下記のように今週土曜日、講演会が予定されています。
 これから立て続けにイスラエル・パレスチナ問題に関係する講演会が行われる予定です。
 講師は大物揃いですので聞き応えがあると思います。イスラエル・パレスチナ問題に関心のある方は、ぜひお越しください。

公開講演会 「中東紛争の根源」
日時:2006年6月17日(土)14:00-16:00
会場:同志社大学 今出川キャンパス 神学館3階礼拝堂
講師:アッザーム・タミーミー氏(イスラーム政治思想研究所(ロンドン)所長)
(入場無料/事前申込不要/逐次通訳あり)

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2006.05.13

オスマン・バカール先生

060513 今日は東京でCISMORの研究会がありました。講師は、現在、同志社に客員教授として来ておられるオスマン・バカール先生(国際イスラーム大学)。テーマは「イスラム文明史から見た宗教間対話」でした。
 イスラム研究者で宗教間対話にがっちりと取り組んでおられる方は、それほど多くいませんが、バカール先生はこの道のエキスパートです。
 アナン国連事務総長によって2005年から"Alliance of Civilizations" Project が立ち上げられたそうなのですが、そのプロジェクトにも関わっておられます。
 私の関心と重なる部分が多く、バカール先生と今後議論を交わしていくことが楽しみです。

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2006.04.06

バチカンからの来客

060406 ローマ教皇庁立聖書研究所のノイデッカー教授が同志社を訪ねてくださいました。
 保守的と言われている上記研究所の中では異色の人物だと思います。禅仏教とイスラームのスーフィズム(神秘主義運動)の発想を取り入れながら、旧約聖書の解釈をした本を書いています。近々、その第2版が出版されるとのこと。
 バチカンでの反応はどうですか、と聞くと「沈黙だね」と応えていました。やはり、他の宗教を取り入れたような研究スタイルに対してカトリックは警戒心が強いようです。
 カトリック司祭が京都に禅をしにやってくる、といった類の交流はありますし、また、ヨーロッパのカトリック世界でも禅仏教は比較的よく知られているはずですが、その一方、他の宗教とカトリック信仰との混合に対する警告の声も時々耳にします。
 その急先鋒がラッツィンガー枢機卿でした。
 そのラッツィンガー枢機卿、つまり、今の教皇ベネディクト16世とノイデッカー教授は旧知の仲とのこと。同じドイツ人同士ですから、交流も深いようです。「彼は実にシャイな人物だったんだけどね」と語っていました。今はそれほどシャイには見えませんけどね。

 バチカンの空気に触れるよい機会となりました。
 ノイデッカー教授はしばらく日本に滞在されます。

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2006.04.05

「表現の自由」をめぐって

 今日はヘブライ語がご専門の小久保先生(大阪大学等非常勤講師)からイスラエルにおけるムハンマド風刺画問題の反応を聞くことができました。
 ヨーロッパにおける「表現の自由」の主張に反発して、イランのアフマドネジャド大統領は、ホロコーストについての風刺画コンテストを開催しました。彼は「言論の自由」とヨーロッパ人たちは言うが、実際にはホロコーストを特別扱いしているではないか、と言いたかったわけです。
 この一種の反イスラエル・キャンペーンに対して、イスラエルでは目立った反応(反発)はほとんどなかったとのこと。私が驚いたのは、イスラエル人が自らホロコーストを茶化すような風刺画を描いているということでした。Israeli Anti-semitic Cartoons Contestというのが開催されており、そこにはこんな風刺画があっていいんだろうか?!と驚かざるを得ないようなものが多数あります。
 小久保先生が紹介してくれたのは、その内の一つで、ガス室に送られるユダヤ人の列を描いたものです。イスラエル人は列に割り込むのが日常茶飯事らしいのですが、この風刺画ではガス室への列に割り込もうとするユダヤ人が描かれています。同じ風刺画をドイツをはじめヨーロッパの国でマスコミが掲載したら、一発でアウトでしょう。
 ヨーロッパ(特にドイツ)では「加害者」であるがゆえに、「表現の自由」を厳しく自己規制し、他方、イスラエルでは「被害者」であるがゆえに「表現の自由」が大きく担保されているという対比構造を、ここに見ることができます。
 「表現の自由」「言論の自由」はいきおい人類普遍の権利として主張されるのではなく、それがどのような文脈で問題とされているのかを丁寧に検証する必要があることを、あらためて考えさせられました。

 また、同席していた手島先生(ユダヤ学)から学んだことですが、ホロコーストを持ち出すのはもっぱら世俗的ユダヤ人とのこと。たとえば、「ホロコースト神学」は神を否定する思想だとのことです。宗教的なユダヤ人がホロコーストを強調することはないのだそうです。このあたりの事情も、日本ではほとんど理解されていないと思います。興味は尽きません。

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2006.03.26

COE奨励研究員等、募集中

 CISMORの日本語トップページでアナウンスしていますが、COEリサーチアシスタントおよび奨励研究員の募集をしています。
 奨励研究員の方は、同志社大学以外の方にも広く呼びかけていますので、趣旨に添った研究をされている方は、一度、ご覧になってください。月額5万円の研究費が支給されます。その他、詳細はCISMORトップページに掲載されている募集要項等をご覧いただければと思います。

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2006.02.08

ユダヤ教原理主義とクリスチャン・シオニズム

060208 コネチカット州立大学の Norton Mezvinsky 教授が同志社を訪ねてこられ、大学で1時間ばかり話しをした後、烏丸御池近くの新風館で一緒に食事をしました。参加メンバーは、森・手島・サミールの各先生とわたし。
 サミール先生が東京外大で行われたシンポジウムでMezvinsky 先生と出会い、急遽、京都にお連れすることになりました。CISMORの活動に関心を持たれたからです。
 というのも、Mezvinsky 先生はユダヤ教原理主義についての本を著しておられ、目下の研究課題は、クリスチャン・シオニズムであるので、CISMORの研究と何かと接点があります。

 シオニズムは、元来、ユダヤ人国家の建設を目指すユダヤ人たちの運動ですが、クリスチャンの中にも、イスラエル建国をメシア到来の重要なステップと見なし、イスラエルを特別視する人たちがいます。そうした人々のことを、クリスチャン・シオニストと言いますが、大半は米国在住の福音派クリスチャンたちです。福音派クリスチャンのすべてがクリスチャン・シオニストではありませんが、その核となっている宗教右派勢力の大部分は親イスラエル的傾向を持っています。
 これが宗教的な傾向性にとどまらず、アメリカの外交政策にまで影響を与えていると言われています。どの程度の影響力があるのかは定かではありませんが、少なくとも、Mezvinsky 先生によれば、その影響力はかなり大きいようです。

 イスラエルの政治家や宗教家たちの一部にも、親イスラエルのクリスチャン・シオニストを歓迎する人たちがいます。しかし、全体としては、キリスト教至上主義のクリスチャン・シオニストをいぶかしく思っている人の方が圧倒的に多いはずです。神学部のアダ・コヘン先生もそのように言っておられました。

 こうした状況は、日本ではまだあまり知られていませんが、宗教国家アメリカの行く末を分析する上では、重要な要因の一つであると言えるでしょう。

 会話は終始盛り上がっていました。Mezvinsky 先生にとっても、東京では聞くことのできないクリティカルな意見に触れることができ、満足な一時を過ごすことができたのではないかと思います。

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2006.01.21

一神教世界と民主主義

060121 今日はCISMORの研究会がありました。「一神教世界 にとっての民主主義の意味」という共通テーマのもと、以下の方々による発表がなされました。かなり豪華な顔ぶれです。

小杉 泰氏(京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科教授)
 「イスラーム民主主義の現在――理念と実践および21世紀的課題群」
古矢 旬氏(北海道大学法学研究科教授)
 「アメリカ建国の理念--「近代」と「宗教」の相克」
菅野賢治氏(東京都立大学人文学部助教授)
 「フランス共和国とユダヤ――『ライシテ(世俗性)』理念の試金石」

 それぞれの話はかなりおもしろかったのですが、昨晩、わたしは徹夜に近い状況であったので、ふっ~と意識がなくなる瞬間が何度もありました。(^_^;)
 このようなエライ先生方の前で居眠りをしては失礼だ、ということで、インスタントコーヒーを研究会の開始前、休憩時間中に3杯続けて飲んだのですが、おかげで、お腹が痛くなりました(泣)。

 良質の発表を聞いた後は、きっとエキサイティングな議論ができるだろうと思うのですが、残念ながら、わたしは出張のため、ディスカッション前に後ろ髪引かれながら会場を後にしました。

 というわけで、目下、わたしは群馬県の高崎に来ています。ホテル・メトロポリタン高崎に宿泊しているのですが、駅から0分が売りです。駅構内にあるので、さすがに便利。

 明日は、安中教会で説教と講演があります。その準備をしていたため、結局、徹夜となってしまった次第です。安中教会は新島襄ゆかりの伝統ある教会です。HPも充実しているのでご覧ください。
 明日は安中教会を紹介したいと思います。

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2006.01.11

オランダにおける宗教状況

050111 今日はCISMORの研究会で、オランダ・ユトレヒト大学のエリック・オッテンハイム氏から話を聞き、ディスカッションをしました。彼はカトリック神学者ですが、主としてプロテスタントの学生にユダヤ学を教えているという興味深い人物です。
 今回は、オランダにおけるユダヤ人問題を中心に話を聞きました。戦前、オランダ総人口の25パーセント以上をユダヤ人が占めていたのですが、今では2、3パーセント程度しかいないということです。言うまでもなく、この変化はナチズムのユダヤ人大虐殺(ホロコースト)によるところが大きいですが、今なおユダヤ人の問題は大きな課題であるとのことでした。
 特に最近、プロテスタント教会が作った新しい祈祷書の表現をめぐって、それが反ユダヤ的な要素を持っているのではないか、という大激論が起こったそうです。
 オランダも都市部ではムスリムの人口比がかなり高く、ムスリム移民の問題が社会的には大きな関心となっているとのことでした。しかも、9・11以降の変化が大きいという指摘を聞き、9・11が引き起こした変化はかなりグローバルであることを改めて感じさせられました。
 ユダヤ人の宗教的コミュニティが近年復活しつつある、というのも、興味深かったです。若い世代の中には単にオランダ人として生活するだけでなく、自らの宗教的アイデンティティを模索する動きが強くなりつつあるということです。この点では、ヨーロッパにおけるムスリムの第二世代、第三世代の動向と似ているとも言えます。

 オッテンハイム氏の公開講演会が下記のように1月14日(土)に予定されていますので、関心ある方はぜひお越しください。

■CISMOR公開講演会
「何のための対話か?―オランダにおけるキリスト者とユダヤ人」